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九州男児のカラダの取説

質と量

こんにちは、小森です

運動量、トレーニング量、練習量
という言葉があります
逆に
運動質、トレーニング質、練習質
という言葉はほぼ聞きません
間に「の」を入れたら
運動の質、トレーニングの質、練習の質
となって、これは耳にする言葉です

ただ、これはなんとなく感覚的なものですが
わざわざ「の」を入れなきゃいけないもの
という気がします
言い換えれば運動質という言葉には
馴染みがないとも言えるかと思います

なぜ、こういった言葉たちがないのか

あったとしても日常的に用いられないのかはわかりませんが

それが今の質と量というものに対しての

評価や認識なのかもしれないな、とは思います

 

質と量というのは
よく対比的に用いられます
質にこだわるのか量にこだわるのか
のように

じゃあ量の方はとりあえず置いておき
質とはそもそもなんだというと
質という言葉を調べると

そのものの良否・粗密・傾向などを決めることになる性質。実際の内容。
とあります
でもこれだとなんか僕の中ではしっくりこないです
なので、他の意味を調べると
物の本体。根本。本質。
とあります
こっちの方がしっくりときます

こっちの方がしっくりとくる理由としては
練習の質で考えると
練習の傾向や内容
といえます
どんな傾向や内容で練習するのかを
考えて行動する
と言えそうです
これはこれで悪くはなさそうなのですが
「今日は実戦形式で練習しよう」
で、傾向と内容が決まったわけなので
練習質が成立してしまうわけですね
じゃあそれで質の高い練習かというと
やっぱり足りないですよね

次に、もうひとつの根本や本質という意味での練習質で考えると
練習の根本や本質を考えて行う練習
となります
ここまでいくと
そもそもなぜ練習をするのか
という事から考えなくてはいけません

野球選手なら野球が上手くなるために練習をする、ということです
ごくごく当たり前の事のようですが

すでにここで見落としている事が多いと思います
野球が上手くなる、ということは
少なくともその本人にとって
どういう状態になっていく事なのかを
明確にしておかないといけません
大きく分けても野球は
守備と攻撃に分かれるものです
そのどちらに比重を置いて能力を
伸ばすことを上手くなる、としているのか
更にそこから仮に守備であれば
捕球なのか送球なのかポジショニングなのか
とどんどん細かくなっていきます

そういう風に
自分なりに(もしくは他者からのアドバイスを基に)本質を捉えてそこに意図を持って行う練習というのが
練習質と言ってよいのではないかと思います

素振りはスムーズに良い感覚で振れている気がするのに
どうもマウンドにピッチャーが立つとついつい
力んでしまう
じゃあ今日は素振りじゃなく
ピッチャーに球を投げてもらおう
あくまでも素振りの感覚で
バットを振ることが目標だから
空振りしようがアウトになろうが
いつもの素振りをできるかどうかに
意識を置こう

これならスイングはちゃんと上達しそうな気がします
少なくとも、ただ単に何も考えずに
20球打つよりも確実に効果は上がるはずです

20球打ったという量の処理で終わるのか
20球中3回くらいしか自分の素振りができなかったまだまだだ
とか
20球中15回以上は振れるようになってきた、じゃあ次のステップにいこう
と新たな質を作っていくことができるようになるのか
この違いはかなり大きいと思います

もう少しだけ話しを広げます

3回しか振れなかった、15回以上振れた
というのは誰が判断しているのかということです
普段の素振りのフォームと力んだフォームに明確な差があれば
他者からも判断はできますが
それが微細なものであればそれは
本人の判断に委ねられます

ということは
練習質というものを考えていくのなら
その決定権も正否の確認も最終的には本人に委ねられる、というよりかは
本人にしか本当はわかり得ないことということです

今日は実戦形式で練習する
というメニューがあり
それを量としてこなした場合と
質を考えてこなした場合の差異は説明のとおりなので
実戦形式の練習
というものそのものには
本質はないわけです

パーソナルトレーニングはよく
個人のための質の高いトレーニング
と表現されますが
質の高いトレーニングなんてものは
実際には存在しないものだと思います

せいぜい質を高めてあげられるお手伝いができるかもしれない
程度でしょう

ケガをして傷口に消毒液を塗って絆創膏を
貼っても
実際に傷口を治しているのは
自分の身体の自然治癒力です
消毒液や絆創膏が傷口を塞いで
皮膚を再生してくれることはありません
あくまでも悪化しないように
もしくは自然治癒力の手助けができるようにあるだけのものです

これと同じ事だと思います

 

質を考える

というのは決して簡単ではないことです
視覚化、数値化もしやすい量の方が調整などは簡単です

でも週に一回、一時間のトレーニング
となるとその量にさえ制限がかかります
だからこそ質というものをその名の通り
本質からもう一度見直さなきゃいけないな

感じる今日この頃でした まる

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